それがノスタルジーへと変わる前に

「音楽やってる人はかっこいい アイドルやってるコはかわいい とか あれから何年が経ったんだっけ 時々自分がわかんなくて それすらも当たり前になって 久しぶりに君と話したいね なんて思ってる 電話はしないけど」

再び地雷源を歩く

通勤時間が長い。二ヶ所のオフィスを移動しながら働いていて、遠い方まで自宅から行くとなると、2時間かかる。

土曜はその遠い方に行くので、2時間電車に揺られているわけである。土曜の朝は、急行電車もギリギリ座れるぐらいには空いているので、電車に乗ってる時間は苦ではない。本を読んでいたり、あるいはこうして文章を書いたり、手紙の下書きをiPhoneのメモに書き留めたりしている。

 

2ヶ月ぶりにブログを書く。


2ヶ月、連絡のつかなかった文通相手と連絡がついた。何かあったときに既存の人間関係を断つ人だったので、もう連絡つかないかなあと思っていた。そうやって人の関係が終わっていくのも、ある種の美しさを感じたし、深追いせずにいた。ある日突然連絡がきて、驚いた。放っておいたのが、結果的に功を奏した。

こうして、人に手紙を書くという日常が戻ってきたわけだが、これが自分にとって良いのかどうかは分からない。手紙書く以外に、たまに飲んだりカラオケ行ったりしてるだけでそれ以上の出来事(男女のあれこれ)はない。1年ぐらいずっとこういう感じ。時々人間同士の関係性の地雷源を歩いている気分になる。踏み間違えたら手痛い傷を負うような気もする。

 

仮に踏んでも、まあ、なるようになる。地雷は殺傷能力は低いので。

(そういうことではない)

 

 

 

最近は推しの学者ができて、岸政彦先生の本ばかり読んでいる。あの人の他者という物語へのまなざしや、繊細さに憧れる。生活史、自分が関心のある分野にも援用できる研究手法だし、自分の関心のある領域では未開拓の観点だからやってみたいなあという気持ちがある。

社会学に明るくないが、岸先生の活動はあの分野の主流から少し離れた場所に位置しているように見える。自分も大きくその分野を見たときにその真ん中でガンガンやっていくタイプではないことがもうすぐ25年になる人生を通じてよく分かっているので、似てるなあ、と思う。

(推しに近づきたいタイプのおたく)

 

 

 

関根ささらさん、東京コミコンの公式サポーターに就任されたので嬉しい。少し前の発表になるが、関根ささらさんは『黒と白の同窓会』という映画にも出演するとのこと。

ゆくゆくは映画に関わるお仕事をしたい、と聞いていた。徐々に自分の活動が好きなモノ・コトに近づいていくというのは本人にとっても、おたくにとっても嬉しい。

キャリアが積み上げていくという点で、似たような職種かなって思ったりする。推しがキャリアを積んでいってるんだから、自分も頑張らなくちゃということで、明日はずっと先延ばしにしていた、調査の分析と学会発表のエントリーを消化しよう。

(推しに近づきたいタイプのおたく)

 

 


今年の梅雨は長い気がする。

そう思って調べたが、関東甲信はおおよそ7月21日頃梅雨明けが発表されるらしいので、特に長いわけではないっぽい。去年の梅雨が短すぎた。

梅雨入り前は暑い日もあったのでベッドマット、枕カバーを冷感素材のものに変えた。しかし最近は気温も高くならないので、寝るときには長袖を着て毛布をかけるといったチグハグな環境で寝ている。長袖のシャツを引っ張り出して着て仕事に行っている。もう7月も半ば。

8月生まれなので、特にこれといってイベントがなくても夏はワクワクする。「寒さは防げるが、暑さはどうにもならない」とか言いながらも、どこかで夏の始まりを待ちわびている。

その季節に出会った音楽の中から特に好みのものでプレイリストを作っている。日々そのプレイリストを聴くことでその年のその季節の思い出やら感情をプレイリストに閉じ込める活動をしているのだが、もう夏用のプレイリスト作ってるので、早く暑くなってほしい。

 


朝書き始めた文章の続きを、帰りの電車の中で書き上げた。仕事始めてからあまりブログ更新していないが、こういう通勤時間の使い方も悪くない。

 

今日は最寄りに着いたらそのまま近所の神社でやっているらしい夏祭りに出かけることになった。全然夏祭りの天気ではない。